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神戸地方裁判所 昭和25年(ワ)969号 判決

被告(反訴原告)は原告(反訴被告)に対し神戸市兵庫区下沢通四丁目一番地上家屋番号四〇番の二木造瓦葺平家建店舗一棟建坪一七坪三合につき昭和二五年九月一八日附売買を原因とする所有権移転登記手続をなし、且つ右家屋を明渡さねばならない。

原告(反訴被告)のその余の請求、並びに反訴原告(被告)の反訴請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は全部被告(反訴原告)の負担とする。

二、事  実

原告(反訴被告)(以下単に原告と云う)は、本訴として、被告(反訴原告)(以下単に被告と云う)は原告に対し、主文第一項記載の家屋につき昭和二五年九月一八日附売買契約を原因とする所有権移転登記手続をしなければならない。被告は原告に対し右家屋を明渡し、且つ昭和二五年一〇月一日より明渡済まで月金一五、〇〇〇円の割合による金員を支払わねばならない。訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求め、反訴につき、被告の反訴請求はこれを棄却する。との判決を求め、本訴請求原因として、原告は、昭和二五年九月一八日、被告より、その所有にかゝる主文記載の家屋を、代金は二五、〇〇〇円、登記及び引渡期日は同月三〇日とし、被告において同月二〇日までに代金全額を返還することにより売買の解除をなし得る旨定めて、買受け、即日代金を被告に支払つたが、被告は、所定期間内に買戻権を行使しなかつたのに、同月三〇日に、右家屋の明渡をしないのは勿論、所有権移転登記手続もしないで、依然これに居住している。しかして、原告は、右家屋中一戸において自転車販売修理業等を、他の一戸において下駄屋営業をなすべく計画準備中であり、その営業により少くとも一箇月に一五、〇〇〇円の利益を挙げ得たところ、被告の明渡不履行により、得べかりし右利益を喪失しつゝあるから、被告はその損害を賠償すべき義務がある。そこで、被告に対し、本件家屋の所有権移転登記手続、及びその明渡、並びに損害賠償を求めるため、本訴に及んだ次第である。と述べ、被告の反訴請求原因に対する答弁として、被告主張事実中、本件家屋について原告が仮登記仮処分命令を得て所有権移転請求権保全の仮登記をなしたことは認めるが、原告は前記の通り被告より本件家屋を買受けその所有権を取得したが、被告において所有権移転登記申請に協力しなかつたから、仮登記をなしたもので、もとより被告の反訴請求には応じられない、と述べた。<立証省略>

被告訴訟代理人は、本訴につき、原告の請求はこれを棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め反訴として、原告は被告に対し本件家屋について原告が昭和二五年一〇月一六日神戸地方裁判所同年(チ)第五三号仮登記仮処分命令によりなした仮登記の抹消登記手続をしなければならない。反訴訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、本訴請求原因に対する答弁、並びに反訴請求原因として、原告主張事実中、被告が原告主張の日その主張のような約旨で本件家屋を原告に売渡したこと、及び被告が約定の買戻期間を徒過したことは認める。しかしながら右売買契約は無効である。すなわち被告の長男岸源市が金員調達の必要に迫られ右日時原告に対し金融方を依頼したところ、原告は、金二〇、〇〇〇円を返済期限を二日後の同月二〇日とし、その利息を金五、〇〇〇円と定め、元利合計金二五、〇〇〇円の債務を担保する趣旨で、これを売買代金として前記買戻約款附売買契約を締結したもので、所謂譲渡担保であるが、右約定には、元金二〇、〇〇〇円に対する二日間の利息として金五、〇〇〇円という苛酷な高利を含んでおり、又当時本件家屋は少くとも一〇〇、〇〇〇円以上の価格があつた点からしてその売買代価は著しく不均衡に低廉であるのみならず、原告は被告の窮迫無思慮に乗じて不当な利益を獲得しようとしたもので、甚しく公平の理念に背き公序良俗に反する無効の契約である。仮に右契約が有効であるとしても、その趣旨が債務の担保にある以上約定の九月二〇日は元利金返済の一応の期限で、これを徒過しても元利金を返済すれば担保権は消滅し当然本件家屋の所有権は被告に復帰すべきものである。而して、被告は、期限後原告に対し元利金二五、〇〇〇円を提供したがその受領を拒絶されたので、同年一〇月六日弁済のためこれを供託したから、これと同時に担保権は消滅し本件家屋の所有権は被告に復帰したのである。以上の理由により、原告の請求は失当であるから、これに応ずることはできない。しかして、原告は、前記売買が有効なものとして、昭和二五年一〇月一六日神戸地方裁判所(チ)第五三号仮登記仮処分命令を得てその所有権移転請求権保全の仮登記をなした。しかしながら、右売買の無効であること前述の通りであるから、その仮登記は抹消さるべきものである。そこで原告に対し抹消登記手続を求めるため、反訴に及んだ次第である、と述べた。<立証省略>

三、理  由

原告が、昭和二五年九月一八日、被告よりその所有にかゝる主文記載の家屋を、代金は二五、〇〇〇円、登記及び引渡期日は同月三〇日とし、被告において同月二〇日までに代金全額を返還することにより売買の解除をなし得る旨定めて、買受けたことは、当事者間に争がない。

被告は、右売買は公序良俗に反するから無効であると主張するので、この点について判断する。証人下阪茂、及び岸源市の各証言、並びに原告本人尋問の結果(一部)を綜合すれば、右売買契約締結に至つた事情は、被告の長男岸源市が原告に金二〇、〇〇〇円の融通方を依頼したところ、原告は貸金業者ではないから貸借の形式をとることは困るとて、元金二〇、〇〇〇円と利息五、〇〇〇円合計二五、〇〇〇円の債権を担保する趣旨で、これを売買代金として前記買戻約款付売買契約を締結し、被告に金二〇、〇〇〇円を交付したことが明らかであるから、右売買は被告の主張するように所謂売渡担保であると解すべく、その約定は、実質的にみれば、元金二〇、〇〇〇円に対する二日間の利息として金五、〇〇〇円という苛酷な高利を含んでおり、又鑑定の結果によれば、本件家屋の空家としての価格は少くとも一〇〇、〇〇〇円を下らないことが明らかであるから、その売買代価は、家の価格と対比して著しく不均衡に低廉であり、僅かに二〇、〇〇〇円をもつて、又僅かに二日の買戻期間の徒過をもつて、かゝる不動産の所有権を喪失せしめる約定は、取引の実験則上、客観的には、苛酷であるとの非難を免れ得ない。しかしながら、前掲岸の証言、及び原告本人尋問の結果によれば、被告は、その長男源市において、原告より借り受けた金二〇、〇〇〇円をいわゆる見せ金として利用し、麻薬の密売買を摘発し、所轄官庁より少くとも報償金六〇、〇〇〇円を直ちに取得し得るものと確信し、これにより元利金を返済した上巨額の利益を得ようと企図したものであり、原告は被告側の意図を詳かには知らなかつたとはいえ、少くとも右金員を資金として莫大な利益をあげようと考えていたことを感知しており、その資金を供与する趣旨であつたことが認められる。この事実によれば、被告は、前記のような不利益な約定で、売渡担保の形式で金借を敢えてしてもこれを利とする特別の事情があつたため、原告の要求に応じたものであるから、被告側に存する右の事情を目して窮迫した事情とは解し得ないし、被告側はその報償金取得の確実さに対する考慮においてやゝ欠けるものがあつたとはいえ、より多大な利益のため多少の不利益を甘受したに過ぎず、これをもつて、直ちに軽卒無思慮であるとは速断できないし、更にまた、契約内容が取引の経験上著しく苛酷であることにより原告において被告の窮迫軽卒乃至は無思慮に乗ずる意図を有したものであるとの推定も、前記認定事実からすれば一応これを覆さざるを得ないし、他に右認定を左右にして被告の主張事実を裏付けるに足る資料がない。しからば、本件売買は、これを目して公序良俗に反する暴利契約であるとは断じ得ないから、被告の前記主張は採用し得ない。

次に、被告は買戻約款付売買による売買担保においては買戻期間の経過と共に買戻権は消滅するものではない旨主張するが、別段の特約のない限り、買戻権者が所定期間内に買戻権を行使しなければ、買戻権を喪失しその所有権を回復する機会を失い、買主は爾後何等の負担を負うことなく一切の関係が終局的に決済せられたものと認めるのが相当であるところ、被告は別段の特約があつたことを主張立証しないから、この点に関する被告の前記主張も排斥せざるを得ない。

しからば、原告は有効に成立した右売買により被告から本件家屋の所有権を取得したものであるから、これを原因として被告は原告に対し所有権移転登記手続をなす義務があり、また、被告が約定の明渡期限後も依然右家屋に居住してこれを原告に引渡していないことはその自認するところであるから、これを原告に明渡す義務がある。しかして、原告は、被告が約定期限後も明渡を履行せず原告の使用を妨げたため、これを用いて営む予定であつた商売により得べかりし利益を喪失し同額の損害を蒙つたと主張し、被告が依然こゝに居住していることは前述の通りであるが、原告の右主張は特別の事情により生じた損害の賠償を求める趣旨と解すべきところ、その損害の発生及び額の点について、これを認めるに不十分な原告本人尋問の結果を措いて他にこれを認めるに足る資料がないのみならず、当事者が特別の事情を予見し又は予見することを得べかりし点については、原告は主張立証しないから、損害賠償請求権を認めるわけにはゆかない。

次に、被告は、反訴として本件家屋について前記売買に基ずいて原告のなした所有権移転請求権保全の仮登記の抹消を求め、その仮登記の存することは当事者間に争がなく、売買の成立したことは前認定の通りであるから、右売買が無効であるとの前提にたつ被告の主張はこれを採用する限りではないし、又、売買の有効に成立した場合、これを原因とする所有権移転の登記又は仮登記をなすは格別、所有権移転請求権を保全せんがためにする仮登記はこれをなし得ず、かゝる仮登記は無効であり抹消せらるべきものであるとはいえ、所有権移転登記手続の履行を求める本訴請求を容認する以上、仮登記後第三者が本件家屋について権利を取得しその登記をなした等本登記の順位を仮登記のそれによらしめ得ない特別の事情が認められない限り、反訴として仮登記の抹消を訴求する実益がないと解するのが相当である。従つて、被告の反訴請求はこれを容認し得ない。

そこで、原告の本訴請求中、所有権移転登記手続及び明渡を求める部分は正当としてこれを認容し、原告のその余の請求及び被告の反訴請求はいずれもこれを失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条を適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 古川静夫 谷賢次 保津寛)

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